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三島風穴断面図
・・・火山洞窟学会の(旧日本火山洞窟学協会)先生方が昭和61年に測量した図面
【注】昭和34年1959と昭和46年1971の測量図と当図のC-C′と記されている洞穴の方向と形状がかなり違っている。
  昭和61年の測量の時には通称早稲田支洞は確認できなかった。
↓三島風穴の安定度評価区分図(平成16年度業務及び検討委員会の評価)
測量会社による三島風穴平面分布図  (西端部は未調査・現況道路下に独立分離洞有り)
上記平面図は過去調査データに比しかなり大きな広がりがあることが分かります。三島風穴は出入口の無い風穴とされていますが、東横イン方面の洞内に2010年2月6日にコウモリグアノの堆積物20cmが確認されましたことから、どこか悠久の昔に出入口が存在していた可能性もあり、東横イン西端延長方面の風穴延長線の調査が欲しいところです。現況路線下には縄文時代そのものの誰も人が入ったことの無い独立洞もあることが分かり関係者は興味しんしんと思います。また、グアノの分析も是非必要と思われます。

三島風穴(みしまふうけつ)三島溶岩洞窟
静岡県三島市文教町1-9-14
東経 138°54′52″ 北緯 35°07′29″
延長 298.9メートル

三島溶岩流末端付近に存在するため構造も複雑で、洞内の溶岩は酸化され赤褐色をしている。これはこの地点に達した時の低下した溶岩の温度を示している。
床面には縄状溶岩床が見られる。床面の沈下は余り無かったので、空洞の原型を残している。

三共製薬(株)の井戸工事中に、洞壁側壁を破ったことで昭和28年に発見された。
内部は崩壊したところが多く見られるが、生成時には溶岩流が滞留してガス溜りとして広いホール状に洞窟を形成したと思われる。一部に珪酸鍾乳が見られる。
以上、「富士南麓の溶岩洞窟-裾野市を中心に-」(三島市図書館)より抜粋

三共製薬(株)の敷地内に洞口が存在していたため、一般市民の立入りは出来ず、その存在すら知らない人が多く、今回の三共製薬の移転により三島市に開放されたものの、今後どのように保存すべきか具体的な懸案は五里霧中にある。

7図        三島風穴  昭和34年7月測量図面  藤村郁雄
昭和28年に三共製薬の工場敷地の北西隅において、井戸を掘削中に偶然発見されたものであり、三島市誌(下巻)でも記載されているが、ここでは藤村郁雄氏の研究報告を中心に内部をより詳細に紹介したい。

三島溶岩流の末端付近ということで、富士山の中心から最も遠くかつ低い位置にあり、すでにかなり冷却した溶岩流の中で形成されたことが、この溶岩トンネル(「三島溶岩洞」)の大きな特徴となっている。

富士山頂から約30キロメートル南下した地点(標高約43メートル、ポンプ室の地下8〜10メートル)に位置し、その内部には、溶岩の流動・ガスの分離発泡・二次生成物などの、溶岩流出当時の地表では観察できない諸特徴がそのまま保存されており、真洞窟性動物が多いために、学術上貴重な資料が得られている。

図表7は三島溶岩洞穴の平面スケッチである。この洞穴は国鉄東海道本線三島駅北側の三共製薬株式会社三島工場構内にある揚水井戸の梯子を伝い溶岩層中を8メートルほど下った所で洞穴に際会し、図の○井点で孔道へ移る。

孔道は図のABCに示すように、「く」の字形に曲がり、BにはA→Bを少し延長してから北方へ曲がる支洞BDEがつく。B→Aは北東、B→Cは南東でほぼ直角に曲がる本洞である。

BDEとBCの長さはほぼ等しく70メートル、BAは90メートルで、この中央部は孔道が特に幅広くなり真中に溶岩堆積Pが天井まで達しており、島のような、又は大黒柱のような様子を示している(図の斜線部)。

この溶岩柱の横断面は楕円形で長径が20メートル、短径は8メートル、ただし、天井部はこれよりもやや細目になっている。

これと同様の柱がPよりは細いがCの近くのP′にもあり、その長径は10メートル、短径は6メートルである。

孔道の横断面は底の平らなレンズ形で、概して天井が低い。天井高は○井の付近とPのA側の所が高く3メートル、その他はせいぜい2メートル前後が高い方で大人がかろうじて立って歩ける。B付近では落盤や溶岩層(石灰殻状の小岩塊)が堆積し、どうにか這って潜れる。

AとPの間も堆石で孔道がわずかな隙間をつくっている。
ABの洞床はほぼ平坦でA、B両方から溶岩が流入しているように床面に縄状溶岩ができている。E→PもB→Cもわずかながら下手Cに向かい傾斜している。BC及びDEの床には天井の天井の岩盤崩落が所々に見られる。

BCの洞内は黒色鮫肌の内装が美しく、天井には溶岩鍾乳石、床には溶岩石筍ができている。長いものでは10センチメートルぐらいもあるが大方は数センチメートルの鍾乳石及び石筍である。

A、C及びEの洞奥はいずれも行止まりで天然の孔口は無い。B付近の地表は市道に当たる。この辺りの岩盤の厚さは1〜2メートルの所もあり、昔道路が舗装されていなかったころに、筆者はこの付近で荷馬車の轣轆(れきろく)の空洞に反響する音を聴いた。Bの付近の洞内では天井から木(あるいは草)の細い根が下がり、ミミズも見られる。なお、図の天井高の数字の単位は当時(昭和34年)の測量担当者が逝くなっているので確認されず、筆者の想像でRとし、それをメートル単位に換算したものである。

次にこの図(8図)は昭和34年7月の測量によるものであるが、最近刊行された、早稲田大学探検部の調査によって昭和46年に作成された図(友野博 1979)によると、図のD点から新たに大小2本の南下する支洞が発見され記入されている。

大きい方はBCよりも少し短いが、孔道の中はBCと似たようなものでBCに並行する洞穴であり、小さい方はこの大きいのとBCの間にあり、細く短く、間もなくBCへ合流している。

三島市誌−自然環境−地形と地質(藤村郁雄 富士山における溶岩洞穴の形成過程)
「静岡地学」第40号 昭和54年文献より抜粋記載
8図        三島風穴  昭和46年測量図面 早稲田大学探検部 友野博
 【注】 昭和34年1959の測量図と酷似するが左下に新たな洞穴が発見加筆されている。
早稲田大学探検部・・・昭和46年に新たな洞窟発見!!
+ 洞口  A=高さ3m,幅8m  B=高さ3m,幅15m  C=高さ3m,幅5m
* 溶岩石筍  ★ 溶岩鍾乳石  1 床の高低差+1m  2 勾配(5°)
変形円の中に点々は落石  小粒の変形円は礫  山波の凹凸線は溶岩流
三共製薬工場構内の井戸監視孔のはしごを約8m 下って洞穴に到達。

入り口付近は幅最大12m 余、高さ最大3m の広いかまぼこ型の空洞が約60m 続いている。

北東側と北西側洞内へは落盤や岩塊の堆積で洞窟調査ベテラン以外の素人では進入は難しくなっている。

上記支洞ともに2010/02/06現在ドーム空間は温存されていた。
2002年10月8日撮影(文教町) 三島市・特異な地形・地質より抜粋

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