当ホームページの「三嶋大社・神池の水源」のページにも記したが、三嶋大社の神池の水源は源頼朝が造った宮川用水であることを述べたが、源頼朝の妻が後年、三嶋大社の神池の島上に厳島神社を勧請し祀ったとの伝承に何故平清盛が平家の氏神として祀っていた厳島神社を勧請したか不思議に思っていた。
源頼朝が征夷大将軍に就き、事実上天下取りになってから各地に神社を勧請し祀ったという史実は知っているが、もし、上記の通り田心比売(たきりびめ)(市杵嶋姫)が頼朝に天下平定大将軍の位に就かしむると宣し、頼朝が神慮を謝し厳島神社を遷祀したというのが事実であるならば、流刑地・伊豆での唯一無二の神社勧請ということになりはしないか注目される。
北条政子の父・北条時政は元々平家の傘下にあった地方武士であり、平清盛が信奉する厳島神社を祀っていたとしても不自然ではない。娘・政子が幼少より信仰していても不思議ではないが、既に平家を捨て源氏にくみした北条時政が、滅ぼされた平家の氏神とされる厳島神社を祀る訳がない。ちなみに、北条時政の墓のある韮山の願成就院の周辺に「厳島神社」の片りんさえも見つからない。韮山に無いかも知れない。
現在でもそうだが、女性は嫁いだ先の神仏を無条件で踏襲するのが通例となっている。政子も頼朝が信奉する神仏を祀った筈である。政子が頼朝より「天下平定大将軍となる」というお告げがあったという話を聞いていれば、頼朝の残影を色濃く残す三嶋大社の神池の島上に、主人の願いを叶えてくれた「厳島神社」の神を勧請し祀った。政子の個人的信奉で強引に厳島神社を祀ったならば鼻持ちならない話となる。
政子の頭の中に平清盛が祀った「厳島神社」を全く意識しなかったとは言わないが、主人が若いころに遷祀したという「厳島神社」を強く意識して勧請し祀ったものと思われる。念願成就し亡くなった主人の弔いの意味が込められた神社だと推察されるのである。つまり、頼朝は「厳島神社」も信奉していたのだ。
1182年（寿永元年）、文覚上人が頼朝の依頼により鎌倉安泰祈願のため、江の島に弁財天を勧請し江の島神社を建てている。どうも頼朝は厳島の神は平清盛を見限り自分の方に武運を転じてくれたと信じていた嫌いが臭う。敵方の信奉する神を忌み嫌うのではなく、その絶大な神威を信じて祀っている。江ノ島は欽明天皇（５３９～571年）の頃、突然、海中から隆起したと伝えられる。函南町の厳島神社と同様、隆起した島に神を祀っているのである。北条政子もこれに倣い、近江国の竹生島の弁財天を勧請し、瀬戸神社社頭の海上に島を築いて祀ったと伝えられ、後年、尼将軍と呼ばれる地位を獲得している。
問題は、源頼朝と文覚上人と弁財天が二度も登場するかである。函南の厳島神社は伝承の域にとどまり信憑性が乏しい。だが頼朝が文覚に命じ弁財天を勧請したことは史実として残され信憑性は高い。何故に文覚に命じたかである。それは夢うつつだったとはいえ六萬淵での神の予言が強力に頼朝の深層心理に焼付いたことを意味しているのではなかろうか。頼朝の頭の中は弁財天とくれば文覚だったに違いない。
もう一つ、源頼朝が弁天を勧請し創建した厳島神社が現存する。神奈川県横浜市中区羽衣町2-7-1の厳島神社だ。元来は洲干島（しゅうかんじま）とも呼ばれる入江の砂州上の寒村であった横浜村の更に先端にあり、洲干弁天社と称した。 創建は治承年間で、源頼朝が伊豆国土肥（現・静岡県伊豆市）から勧進したと伝えられる。 足利氏満は般若心経を奉納、太田道灌は社殿を再建、徳川家光は朱印地を与えており、1万2千坪という広々とした境内であった。
横浜の厳島神社
伊豆国土肥は伊豆市土肥大藪の弁天さんを指す。土肥峠を下り沼津市戸田へ向かう県道17号線に沿った大藪の海岸線に立地する大藪弁天神社から源頼朝が勧請したことになる。大藪弁天神社の裏側にそそり立つ台地上には鎌倉時代よりずっと後代のこととなるが、富永水軍の本拠・高谷城と丸山城の出城があった。更に出城の北側には三の郭・二の郭・本格が築かれていたと伝えられる。漁師の多かった大藪には天王さんの祭りも行われており、海の文化が残されている景勝地である。
大藪弁天神社は、天正年間1573年頃、土肥城主富永山城の守によって建立されたといわれる。頼朝が横浜に伊豆土肥から弁天を勧請したのは治承(じしょう)年間とは西暦1177～1181年とされることから約400年後に元々弁天が祀られていた場所に神社本殿が建立されたものなのか、土肥内の何処かの弁天を遷祀し新たな神社としたものか詳細は伝えられていない。
いずれにせよ、源頼朝と土肥の弁天さんとの因縁は歴史の闇に消えてしまい分らないものの、函南の厳島神社も、伊豆市土肥の弁天さんを勧請した可能性も否定できなくなって来た。鎌倉時代前期には、すでに土肥の弁天の神威と名声が社会的に周知されていたことを意味し、頼朝の耳に伝わったものと思わる。
この神社には口碑伝説が残されている。一つには「霊験あらかたということで、駿河湾対岸の清水三保の漁師達がこの像を盗み出した。すると忽ち三保では疫病がはやり、大いに恐れ、土肥湾の北側の大藪村の船主をとおし返してきた」と伝えられ、駿河湾対岸まで知られる存在だったことを裏付けされる口伝である。
この話が本当ならば絶大な海軍力を有する土肥城主が関わってくる天正1573年以前に起きた事件であるに違いない。漁師達が手出しができる相手では無いからである。
土肥には、平安末期に文覚上人が土肥八木沢の地に上陸しているとの伝承もあり、文覚上人と伊豆土肥の弁天神社との因縁が微かに垣間見られ、小さい神社ながら頼朝と厳島神社との因縁を探る可能性を秘めた神社となるかも知れない。横浜の厳島神社の社伝が残されていなければ土肥の弁天さんとの因果関係は、歴史の闇に埋もれたままだったに違いない。
伊豆市土肥の大藪弁天神社
では、伊豆西海岸の土肥の弁天神社は何処の神を勧請し遷祀されたのだろうか?「神津島と海の道」を記した私がピンと来たのは伊豆の国で最も古い神社・下田の白濱神社に祀られている見目(みるめ)弁財天である。龍の娘とされ三嶋大明神の片腕として島創りに活躍した見目(みるめ)が、後世、白山権現の泰澄上人や箱根三所権現の万巻上人が神仏混淆を唱え、その宗教観が定着する時代になると、見目(みるめ)の本地は弁天とされ、更に時代が下って見目(みるめ)弁財天となり、現在、白濱神社の境内に祀られている。
日本での弁才天信仰は既に奈良時代に始まっており、東大寺法華堂（三月堂）安置の8臂の立像（塑像）は破損甚大ながら、日本最古の尊像として貴重である。その後、平安時代には弁才天の作例はほとんど知られず、鎌倉時代の作例もごく少数である。京都市・白雲神社の弁才天像（2臂の坐像）は、胎蔵曼荼羅に見えるのと同じく菩薩形で、琵琶を演奏する形の珍しい像である。この像は琵琶の名手として知られた太政大臣・藤原師長が信仰していた像と言われ、様式的にも鎌倉時代初期のもので、日本における2臂弁才天の最古例と見なされている。
平清盛・源頼朝が勧請して有名になった厳島神社以前の弁天信仰は全国的に稀有な存在であり、伊豆土肥の弁天神社より古い弁天としては白濱神社境内に合祀されている見目(みるめ)弁財天しか思い浮かばないのである。私見ではあるが南伊豆を経て西伊豆の土肥に遷祀されたと見るのが自然と考えられる。
現在追調中であり憶測の域を出ないが、平清盛が信奉した弁財天と源頼朝が信奉した弁財天は、同じ弁財天との名称ではあるが、その裏に隠された太古からの祖霊神の違った顔があるのではないかという印象を強めている。
【参考】平家物語は、治承三年(1179)三月日に、文覚は後白河院に寄進を強訴して、伊豆に流されていると記されているが、玉葉によれば、承安三年(1173)四月二十九日の事である。頼朝の挙兵までには、まだ七年もの長い時間がある。頼朝と文覚の間は、結構深かったようで、頼朝は木曽義仲を勘発するのに、文覚を差し向けていたりする。玉葉寿永二年九月二十五日に、「伝聞、頼朝以文覚上人令勘発義仲等云々(つたえきく、よりとも、もんがくしようにんをもつて、よしなからをかんほつせしめたりとうんぬん)」とある。
さて、三嶋大社の厳島神社の話に戻ろう。神社境内には様々な神が祀られることは多い。別段不可思議なことでは無いものの、通常は主神との関係神か格下の神が祀られることが通例である。目だった所に主神に並ぶ大物神を勧請することは、尼将軍と呼ばれる北条政子も相当の事情が無い限り、控るべき行為との分別は在った筈だ。
神のお告げ通り夫が天下取りになった。その神へのお礼をせずにはいられない政子の強い思いが大社の「厳島神社」だったのではと推察できるのだ。おそらく、鎌倉と韮山を往復する際には頼朝の隠されたエピソードが残された柏谷の厳島神社をお忍びで訪ねていたかも知れない。政子は頼朝と同様に様々な神を勧請し多種多様な神社を祀っているが、中でも厳島神社の思い入れは強かった。
柏谷の厳島神社の古伝承が三嶋大社の厳島神社の勧請経緯にワープするとは予期しなかったが、小さな神社に纏わる古伝承が、これまで疑問符となっていた政子の厳島神社勧請の謎を読みほぐす転機を与えてくれたようだ。
源頼朝マップ
源頼朝が化けた1180年
【余談】
源頼朝にまつわる神社の話は有名だ。三嶋大社・箱根神社・伊豆山神社などへの熱心な参拝詣でが伝えられ、二所詣でとか三所詣でと称され神への熱い信仰心だけが独り歩きしている。
だが、源頼朝が生きた時代、平安時代後期から鎌倉時代には完全に神仏混淆の時代であり、三嶋大社の神宮寺は愛染院、箱根三所権現(箱根神社)の神宮寺は金剛王院東福寺、伊豆山権現(伊豆山神社)の神宮寺は密厳院であり寺の別当が神社と寺院を統治していたと伝承されている。
つまり、当時の人々は神も仏も差別なく信じていたのである。源頼朝の念持仏は愛染明王だったことを知りたい方は 愛染院(あいぜんいん)跡を参考にしてください。北条政子は高野山が世界遺産になる種を蒔いていたのだ。
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